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プロレスラー青木篤志さん首都高速事故死の現場や事故原因、偲ぶ声についても

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こんにちは!まめ柴です。

プロレスラーの青木篤志(あおき あつし)さんが事故で亡くなったという、訃報が入って来ました。

現役のプロレスラーの訃報に、驚き、悲しみが広がっています。

今回は、「プロレスラー青木篤志さん首都高速事故死の現場や事故原因、偲ぶ声についても」ということで、お伝えしたいと思います。

プロレスラー青木篤志さん首都高速事故死の現場はどこ?

3日午後10時半ごろ、東京都千代田区北の丸公園1の首都高速道路のトンネル内で「人とバイクが倒れている」と付近を走行していた車から110番があった。警視庁高速隊によると、プロレスラー青木篤志さん(41)=川崎市=が倒れており、搬送先の病院で死亡した。引用:KYODO

報道によると、6月3日午後10時半ごろ、首都高速道路道路上で事故にあったとのことです。

東京都千代田区北の丸公園1付近の地図です。

この黄色道路が首都高です。

現場は右カーブでトンネル内だったそうですから、地図上の東京国立近代美術館辺りの曲がっている道路が現場なのではないかと思われます。

プロレスラー青木篤志さん首都高速事故死の事故原因は?

報道によりますと、青木さんはバイクを運転中、何らかの原因でカーブを曲がり切れず、トンネルの壁に衝突して事故を起こしたそうです。

トンネルの壁には衝突した跡があったそうですから。

事故発生時刻は、午後10時30分頃といますから、前方が暗かったために視界がわるく、壁がカーブしていることに気がつかなかったのでしょうか。

トンネルという場所がら、昼夜関係なく、照明はついているはずですから、時刻にかかわらず、見通しはそれほど悪くないと思われますが。

壁のカーブに気がつかなかったとしたら、それ程疲れていたのでしょうか。

以下は、青木さんのツイートです。

 

 

 

連日、異なる場所で試合だったようです。

試合と移動で疲れていたのかもしれませんね。

また、当時、青木さんは仕事に向かう途中だったといいます。

もしかしたら、仕事の時間に間に合うように、バイクの速度を出していてカーブが曲がり切れなかったのかもしれません。

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プロレスラー青木篤志さんを偲ぶ声

青木篤志さんは、5月20日には世界ジュニアヘビー級王者となったばかりの現役のプロレスラーなのですが、あらためて、プロフィールを振り返ってみましょう。

リングネーム 青木 篤志
氏名 青木 篤志(あおきあつし)
ニックネーム 青き閃光
身長 170cm
体重 85kg
誕生日 1977年9月25日(2019年6月3日 41歳没)
出身地 東京都大田区
所属 全日本プロレス

現在は、プロレスラーでしたが、元自衛官という経歴をもっていました。

出身校は、東京実業高等学校でレスリング部に所属していたそうです。

レスリング、大好きだったのですね。

そんな青木さんを偲ぶ声が、レスリング関係者のみならず、ファンの方達からも絶え間なく続いています。

 

 

 

レスリング関係のみならず、ファンの方達からの青木さんを惜しむ声が絶え間なく続いています。

まとめ

訃報を聞いた誰もが、現役王者の突然の死に驚きと悲しみを隠せないようでした。

本当にそうですよね。

41歳、一番活躍できる年齢じゃないですか。

ファンも悔しい、でも、一番悔しく残念に思っているのは、亡くなったご本人なのかもしれません。

これは、青木さんの最後のツイート、亡くなる前日のものです。

「しっかり次に備えます。」

次の戦い、試合を見据えていたんですものね。

残念です。お悔やみを申し上げます。

今回は、「プロレスラー青木篤志さん首都高速事故死の現場や事故原因、偲ぶ声についても」といことお伝えしましたが、いかがだったでしょうか。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

 

 

 

 

 

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